九州旅行3日目 軍艦島に上陸

この記事は九州編の3番目、旅行3日目の記事です。順番になっていますので暇な方は1日目と2日目もお読みください。

3日目は雲仙の旅館からスタートです。チェックアウトする前に「雲仙地獄」を散策しました。

こちらが雲仙の地獄です。煙が絶え間なく吹き出しています。

個人的に九州というと「火山の活発な大地」というイメージでした。なのでこれはすごく九州感のある風景だと自分の中で思っています。福岡から長崎までの間には武雄温泉などある程度有名な温泉もありますが、雲仙という九州感満載の山あいの温泉まで来てよかったと思いました。

さて名残惜しいですが宿をチェックアウトします。これまた個人的な話ですが、旅行最終日の宿を離れる瞬間はものすごくさびしいです。今日の夜には名古屋にいるんだ、と思うとなんだか泣けてきます・・・

車で1時間強走って長崎市内に到着です。異国情緒漂う長崎にはいろいろな観光名所があります。車を止めてまずは中華街を散策です。

長崎の中華街は横浜、神戸と並ぶ日本三大中華街に数えられます。

写真奥の方、電線が気になりますね。これは日常的に都市景観を気にしていない人でも気になるレベルだと思います。何とかしたほうがいいのでは・・・

お昼はちゃんぽんを食べました。やはりその街その街のものを食べないといけませんよね。ちなみにちゃんぽんを食べた店はリンガーハットではありません。

おなかがいっぱいになったところで市内を散策します。こちらの眼鏡橋は1634年に架けられた2連アーチ橋です。その名の通り水面に映った姿はまさしく眼鏡のように見えますね。

さあ、ここからは船に乗ります。港が見えてきました。世界遺産に登録された軍艦島へ向かいます。

船からの景色。三菱造船の巨大な施設です。港内にはこのような施設がいくつも並んでおり、昔から港町として発展してきた長崎という街の貫禄と風格を感じ取ることができました。

船に乗っているのは30分ほど。軍艦島に到着しました。この日は天候がよく波も穏やかだったのでよかったのですが、荒れている日は上陸できないこともあるようです。

軍艦島は正式には「端島」といいます。端島では19世紀に入って炭鉱が発見され、以来採炭が続けられていました。写真やや右に見えるのは炭坑へつながるエレベーターへの階段です。このエレベーターは信じがたいことに地下600m以上まで到達しています。当時の炭鉱夫たちはそこからつながる通路を通って命がけの採炭を行いました。

19世紀末になると三菱が経営することになり、徐々に規模が拡大。島内の人口は増加し、それに対応するため、1916年には日本で初めて鉄筋コンクリート(RC)造の高層アパートが建設されました。写真奥に見えるのがその建物です。劣化が進んでいて将来的には補修をしてもこの姿をとどめるのは難しいとされています。

最盛期には小学校も建設されました。右奥がその建物です。こちらも劣化が進んでいて最上階部分は崩壊しかかっています。左上に見えるのは幹部用の住居。最も高い場所にあり、島内で唯一風呂も完備(他の建物には風呂はなく住民はゾーンごとに共同浴場を利用)していました。

当時の生活に思いを馳せると胸に来るものがあります。いくつかの建物を紹介しましたが、やはり写真で伝わるのには限界があると思うので、ぜひ現地に行ってみてください。

島を離れると、船が島の周りを一周してくれました。先ほどは見られなかった島の裏側を見ることができました。

建物の密集感は相当なものです。最盛期には5000人以上の人が暮らし、人口密度は当時の東京都の9倍に達したそうです。

本当に軍艦のように見えます。この貫禄のある姿を目に焼き付けることができて本当によかったです。

陸に戻ってきました。最後にグラバー園を散策します。

これはもっとも有名な「グラバー邸」です。この建物は現存する日本最古の木造洋風建築で、世界遺産にも登録されています。開国直後、西洋の文化を取り入れる傾向は建築にも広がっていきましたが、一方で伝統的な日本の建築様式も残り、それが折衷するような様式が見られました。これを擬洋風といいます。

これで目的地は全て行くことができました。オランダ坂で土産を少し見た後、止めてあった車で長崎空港へ向かいます。

長崎から名古屋へはANAのみの運行です。帰りの飛行機はほぼ満席でした。本当に楽しい3日間でした。

いかがでしょうか。完全な個人の旅行記録ですが、できるだけテンポよく九州の魅力を紹介したつもりです。九州は都会あり、自然あり、世界遺産ありの本当に素敵な場所です。皆さんもぜひ行ってみてください。

シェアする

フォローする